振り返って笑った、矢代もつい一緒になって笑ってしまった。
矢代の手もとへ久慈から手紙が来たのは、東北から帰って間もなくであった。矢代は、やはり彼から来る手紙を待っていたので喜んだ。手紙によると、久慈はスペイン行きの途中、反乱勃発のため引き返してスイスからイタリアへ行き、再びパリへ戻って来たばかりらしかった。またその手紙では、塩野がもう日本へ出発し、東野がイギリスへ渡った後で、パリには早や彼の知人少く、マロニエの枯葉日毎に音立てて散る秋を迎え、淋しさ静けさ加わるばかりと書いてあって、その最後のところに、
「噂に聞くと、君もどうやら生還したようだが、僕はいよいよ怪しくなった。羨望すべき君子よ。」
と、そんな皮肉なことまで忘れずあった。この皮肉な短文には、久慈の苦心の意味が籠っていたので矢代は苦笑しつつも、すぐ返事を彼に書き、パリで絶えず論争しつづけた二人の争いを、また東京の自宅から彼に向けたくなるのだった。実際、矢代は、久慈にだけは他人には云いかねることまで書けるので、その点だけでも彼の人徳に感謝して争った。
「ミイラ捕りミイラとなりし談もあり、――君がそんなになって帰るのを待つ自
前へ
次へ
全1170ページ中626ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング