った落ちつきである。とはいえ、実はそれも自分の身分を考えず、頂きの高さで人と平等に眠っていた身が、眼を醒すと同時に、下まで墜落して行く狂めくような呆然たる静けさに、それは似たものだった。こんなことは矢代もみな想像していたことだったが、しかし、それがこれほど早く前の自分の姿を見る寂しさに変ろうとは。――
「君、日本へ帰れば、もう君と千鶴子さんとは会わないにちがいないよ。だから今のうちさ。」
こんなに久慈が彼に奨めた日のことなども、矢代は思い出した。しかし、もしこれが自分の自然の姿であるなら、むしろ夢から早く醒めただけでも結構だと思った。たしかに、千鶴子と自分との交遊は事実あったことだったが、それも夢と等しいものだったと、思えば思い得られる自分の国の変化だった。またそれは同時に、自分自身の変化でもあるのだった。何がこのように変らしめたのか分らなかったが、パリにいたときの同じ思いを貫きつづけていても、水が氷になるように、いつの間にやら揺れ停って質の変っている自分であった。それは氷か水か、自分がどちらか分らなかったが。――
渋谷からは路も暗かったが、ライトの中に泛き出される繁みや看板な
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