のものでもない所だった。一時間といえば五里ほどの間であるが、名もつけようのない奇妙なその五里の幅の地上は、これまでまだ一度も考えてみたこともない場所だった。それもそこを遠慮なく走り脱けることの出来る列車というものも、国際列車なればこそだった。いったい、どこの国のものでもない国際列車という抽象性を具えた列車が、どこの国でもない場所を走るという世にも稀な真空のような状態は、恐らく地球上ではこの五里の間以外にはないかもしれない、それは暗示と啓示に満ちた闇の中の一時間の筈だった。
「これは、何んとなくキリストに似ているな。」
とまた矢代はぼんやりと考えた。マルセーユへ上陸して山上の寺院の庭へ足を踏み入れた途端、口から血を吐き流して横わっていたキリストの彫像に、ひどく驚いたときのことを矢代は思い出したりした。人はみな自分の国を持っているのに、国と国との接する運動の差の中で、生活を続けている人種のあることも考えられた。それは日本を除いた他の国のどこにも網の目のように張りめぐっていて、吐瀉、腹痛の起るのを思うと、つまりは、この国境の間の五里の空間も、それに似た未来の渦の巻き立つ場所かとも思われた。
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