「そうだ、もうこんな暢気なことはしていられないぞ。」
と南は云って起き上って来た。そして、ネクタイを締め直し上衣を着て、荷物の中へ洗面の道具を詰め込んだ。車中の不便を思いベルリンから持ち込んだ角砂糖の残りも、ボーイに皆ここで遣ろうと相談して、二人は量の多少に拘泥せず一つに纏めてからボーイを呼んだ。ついぞ笑顔一つも見せず警戒ばかりに終ったボーイも、このときだけはにこりとしてすぐ上衣の下へ砂糖を隠し、聞き取れぬほど小さな声で、「サンキュウ。」と一言いうと、恐れに追われたように急いでまた姿を消した。一番角砂糖を喜ぶと聞いていたのでお礼を砂糖にしたのだったが、別れの際の笑顔はやはりどこでも気持ち良かった。
隣室では外人たちも落ちつかぬらしく廊下へ出て来て立噺をし始めた。矢代は列車が次第に膨れてゆくように見え、身体が凄い渦の中に吸い込まれて流れるような眩暈《めま》いを感じた。絶えず潮騒に似た音が遠くから聞えて来ているくせにあたりが実に静かだった。
しかし、何んといおうと、間もなく着くのだ。――矢代は嬉しくて堪らなかった。日本の方を向き後頭部を後の板に摺りつける風に反って腰かけながら、注意
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