と見え、一瞬南は真顔になった。
「どうしてって、別にわけはありませんがね。」
 無駄な骨折りをさせるだけの後のごたごたが分りそうなものだ、と矢代は思って笑っただけだったが、よほどこの人も頼まれた方のフィルムを持ちたいらしく、あくまで自分がT社の使いをしているものだと信じている様子が、車中ずっと続いていた。
 ポーランドからソビエットへ入るまでの二人は、部屋も別別だったからまだそれほど親しさもなかった。しかし、ソビエットの国境で乗り換えいよいよシベリヤ行の列車になってからは、二人は同室になったので、寝るのも起きるのも、食事も、それから雑談まで絶えず同じようにしなければならなかった。
 モスコーで四時間ほど停車の時間があったそのときも、街見物に迎いに来てくれたT社の案内の車に、南は遠慮なく乗り込み、当然のことだと思う風に悪びれず街を廻っていた。矢代も迎いのT社の特派員には南を強いて紹介せず、自分同様その社のフィルムを預った一人として、行動をともにした。またこの特派員の夫人は親切な人で、感冒で寝ていたのを起きて来て二人のために、特に車中で食べる寿司まで作ってくれたりした。
 旅先きで受けた親
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