「どうもおかしなことがあるもんですね。わたしは昨日、T新聞社から映画のフィルムを日本まで持って帰ってくれと頼まれたものですから、宜し、承知しましたと云って、引き受けたんですよ。ところが、わたしの部屋へ持ち込んで来てあるのを今見てみたらT社のじゃない、A社のですよ。A社からは、いっぺんもわたしは頼まれた覚えはないのに、どうしたことかと思ってるんですがね。おかしいなア。」
 矢代は半ばまで聞かないうちに南の不思議がるのは尤もだと思った。実は矢代もT社からフィルムを頼まれて、現に棚の上に置いてあるので、南の頼まれたフィルムの実物を、矢代が代って持っているというわけだった。
「T社のは僕が持ってますよ。」と矢代は云って笑った。
「ヘエ、あなたが――じゃ、わたしのはなんだろう。」
 ベルリンのオリンピック競技がまだ後四日も残っているという日だから、そんな途中に日本へ帰るものなどいない日のこととて、シベリヤ廻りの旅客に封切り用のフィルムを日本まで依頼する苦心は各社とも血眼だった。殊に矢代の帰る際のはマラソンを映したものであるだけに、一番重要なフィルムであった。またこれを封切る早さの勝負が、各社の
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