た。その間、アメリカを廻っている千鶴子から手紙が三度ばかり来たが、矢代の方からは宿の定まらぬ千鶴子に手紙の出しようがなかった。ベルリンでは沢山な日本人と彼は新しく知り合になった。そのうちにはマルセーユまで同船で来た者らと巡り合ったりしたことなど、一度ならずあった。新しく知人が出来て来ると、パリで出来た知人らの面影も、去るもの日に疎しというのが眼のあたりの実情になったが、中でも千鶴子と久慈と真紀子のことだけは、同じ竃《かま》の御飯を食べ合った身近さで、寝るときなど矢代はよく眼に泛べた。しかし、総じてパリでの出来事も、移り行く旅の先では、過ぎ去った日のことだと思う気持ちも強くなった。これだけは人力ではいかんとも為しがたい自然の力のようなものだった。日本にいるときの一年の疎遠な時のもつ忘却力が、ここでは二三日で起る無情な自然力となって肉体を刺し貫き、身心ともに我れ知らぬ疲労の蓄積を堪えている。そして、その疲れの癒らぬ間に、早や次の疲労が襲って来るという風な具合で、いつの間にか疲れが疲れを生み、初めに溜り込んだ疲れなど忘れてこちこちになっている。こういうところへ、南という剽軽《ひょうきん》な五
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