そのときにはトランクを二十ばかし持ってたもんだから、乗り換えのときには弱った弱った。」
こういうことを云うときでも、南が云うと弱った感じには見えず、滑稽さが先に立って矢代も思わず笑った。
「じゃ、あなたは前にいっぺんここを通ったのに、それでもまだここにびっくりされるんですか。」
「そのときのことは、もう忘れてますね。何んでも雪ばかしだったから、あのときは外なんか見なかった。いや、しかし、今度はたしかにびっくりしましたよ。」
一度ここを通ったものは、生涯この大きな景色を忘れることなど不可能だと思っていたときだったから、南のそう云う頭の中が、もう矢代には想像出来なかった。十年の外国生活の間に、無茶苦茶に何かが詰ってシベリヤなど追い出してしまっているものが、これで南の頭の中に犇めいているに相違ない、と矢代は思った。
しかし、そういえば、これで矢代も今はしどろもどろの態だった。もう今は考える余力などなくなり、見て来たものだけの重さを持ち応えているだけがやっとのことだった。パリを発ったのが七月の終りで、それからベルリンへ行った一ヵ月の間に、またいろいろの事情でイタリアまで飛行機で飛んだりし
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