また彼は寝台へ昇った。この列車の寝台は昇るというほど高かった。夜中など振動のため抛り落されそうになって眼が醒めたこともある。およそ十日間ほど続いてシベリヤを走っている旅であった。十日も同じ方向に進行している車の中の暮しは、退屈というよりも時間の観念が常態ではなくなっていて、どこか頭の中に棲み始めた異様なものが、身体から感覚を吸い摂り肥って来ているような、麻痺状態がずっとつづいた。今さき朝起きた筈だのにと思っているともう夕日が窓から射して来る。こんな筈がないのにと思って考え込んでいるうちにすぐ、窓の外は闇になる。時計などを出してみても、このあたりの時計はモスコーの時間そのままで午前の九時が事実の午後の四時ごろに当っているので、そこを絶えず事実と時計の差を計っていたりしては疲れた頭を一層痛めるばかりで面倒だった。
それでも矢代はシベリヤの旅の十日間を、思い出してみようと努力してみることもあった。すると、不思議なことに印象といっては何もないのに彼はまた驚いた。ただ一面の草ばかりが日を受け、大海の中の水平線と同様真直ぐに延びはだかった地平線が、ポーランドからずっと続いて来ているだけだった。こ
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