へ帰ってゆくそれらのどの顔も笑っているのは一人もなかった。
矢代はしばらくして空腹を感じたので東野を食事に誘ってみた。東野は頭の上の子供の自動車場の崩れるのが惜しそうな様子で頭を動かさず、
「坊や、もう御飯だから降りなさいよ。ええ?」
と下から父親らしい日本語で云った。しかし、子供は彼の声も聞えぬらしく夢中で東野の頭をしっかりと片手で抑えた。矢代はふと後ろの方を向いて見ていると、露地の入口の所から子供の母親らしい婦人が立ってこちらをじっと見ているのと視線が合った。その婦人はさっきから自分の子供を呼んで良いものかどうかと躊躇していたものと見え、謙遜な美しい微笑を泛べながら東野の方を見てやはりまだ立ちつづけていた。
「さア、行くぞ。よっこらしよ。」
東野は子供を抱いて下に降ろすと、
「夏のパリは貧乏人ばかりでいいですね。のびのびしてゆっくり出来る。極楽浄土じゃ。」
と云いつつあたりの夕暮の景色を娯しそうに眺め眺め、矢代と並んで食事場の方へ歩いていった。
もう三四時間で国境の満洲里へ着くというころ、少し矢代は眠くなった。いつでも汽車から降りられる支度を整え上衣を脱いだだけの姿で
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