のだった。コーヒーが来てから最後の晩餐だからというので、葡萄酒もついでに頼んだ。矢代はここにいるのも後一時間ほどだと思い、時計を見るともう十一時近かった。
「明日の朝は十時とすると、九時にここへ来ればいいな。自動車は僕が乗って来ますからそれで行きましょう。」
 矢代は云うべき必要なことはもうないものかと考えたが、旅に必要なことは何もなかった。
「ロンドンを出るとき電報を上げますから、そしたらあなたも船へ下さるんですのよ。あなたはきっと下さらないと思うけど、駄目よそんなの。ね。」
 と今度は強く千鶴子は云って笑顔を消し矢代の答えを待つ風だった。
「出します。」
 と矢代は簡単に答えた。そのまま二人は言葉の継ぎ穂もなく黙っていたが、矢代は椅子の背に落ちつきながらも、浮き上っていく興奮にどこか身体の綱がぶつりと断れた思いだった。葡萄酒が来て女中が下へ降りてから、千鶴子は矢代の後の床へ膝をつき寝台の上で黙ってお祈りをした。
 チロルの山上のときに一度千鶴子の祈るところを矢代は見たことがあったが、今夜のはひどくこちらの心を突くように感じ、彼もその間ともかく伊勢の高い鳥居をじっと眼に泛べて心を鎮め
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