が見えるほどの暗さだった。矢代はいつも歩くこの大通りがこんなに暗かったのかと、初めて驚く気持ちで周囲を見廻した。千鶴子も一緒に街路樹を眺め、
「もうこの街も二度と見られないかもしれないのね。これで。」
 とそう云ったが、そんなに悲しそうな声ではなかった。
「ロンドンに暫くまたいらっしゃるようだったら、ときどき手紙を下さい、もっとも僕もすぐここを立つだろうと思いますがね。」
「ええ、でもすぐ船に乗らなくちゃならないと思うの。ですからあたし船の中からお出しするわ。あなたのホテル、手紙きっと廻してくれるのかしら、そんな妙なことだけがこの間からの心配ですのよ。」
 見上げて笑うらしい千鶴子の声に矢代もつい笑い出した。
「大丈夫ですよ。あなたがニューヨークへ着いたころは、僕はベルリンあたりにいると思うな。」
「あたしたち横浜へ着くの三十日ほどかかるんですから、もしあなたがシベリヤ廻りでお帰りになるんだったら、十日ばかりあなたの方が早いわけよ。面白いわそしたら。」
 千鶴子はこう云いながら明日の別れを少しも惜しむ様子ではなく、むしろ矢代のこの度びの黙っている別れの気持ちを万事のみ込んでいる風があり
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