運ぶ画家らしいのが、二三槍を突きつき、「おう、おう。」と叫んで雨の闇の中へ消えていった。
「じゃ、ちょっと千鶴子さんの荷物の手伝いをして来るから。――すんだら来るよ。どこにいるかね。」
と矢代は立って久慈に訊ねた。
「いいよ。そのまま行って来いよ。」
笑いもせずむっつりと云う久慈に矢代は顔を赧らめ、ふと挨拶めいたお辞儀をした。
「それではこれでお別れですのね。皆さんどうぞお丈夫で。」
千鶴子は立って腰をかがめ皆に挨拶をした。
「あ、そうだ、明日の朝だったなア。」
塩野は忘れていたらしく頓狂に云って千鶴子の顔を見上げたが、
「じゃ、さようなら、明日また。」
と軽く会釈をし直した。久慈はもう千鶴子を見なかった。真紀子だけひとり千鶴子と握手をしたがそれも軽かった。明朝また見送りにもう一度と皆が思っているにしても、皆の想いとは別にこの夜の別れは非常に簡単だった。
矢代は襟を立て雨の中を歩いていった。千鶴子はぴったり彼により添うようにしてついて来たが、道路が暗くなって来ても二人は何も云わなかった。
木の葉の匂いの強い夜で、歩いて来る人声が聞えていても擦れちがうときただちらりと顔
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