中田は一番苦悶の表情でぶつぶつと呟き、ひとり首をひねって考え込む様子だった。伝統の造り上げた堅固な立法が、そのままそこから脱け出し、いつの間にか伺い主の伝統を縛り込めようとしている未曾有の事実が、今や起りつつあるのだと矢代は思った。
 塩野は椅子から道路へ出て興奮しているあたりの群衆を撮っていた。うっすら薄日の射して来た凱旋門の下に、右側一列に騎馬隊の警官が十五六頭馬首の星を揃えて停っていた。みな黒い髪を背中まで垂らした銀色の甲を冠り、豊かな恰幅の堂堂たるナイトの服装だった。坂下の方のマロニエはまだよく繁った緑色を保っているのに、上の方の篠懸はもう淋しく葉を落して枝枝を透かしていた。
 矢代と久慈は婦人たちを中田の傍に残し、塩野の後から道路へ出ていった。記者のカルトをそれぞれ胸につけているので、怪しまれぬのを幸いに塩野と久慈は恐れげもなく幾度も写真をとった。
「君たちはどこの国の人です。」
 と山高の学者らしい紳士が矢代に訊ねた。日本人の記者だと彼は答えると、
「あ、そう。日本は健康でいいね。フランスはいまこの通り病気をしているが、もうすぐこの病いは癒るから、よく日本人にそう伝え
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