て下さい。何に、これは小さな病気だ。」
 こう紳士は云って坂下のロンパンの森の中から噴きのぼっている噴水を眺めた。日本は健康でいいね、と歎息した紳士の言葉は、跳り出て来た若者を歎称する老人の声のように矢代には聞え、ふと照れ気味で自分の国を振り返ってみるのだった。なるほど、立法はあってもその原型を噛み納めると、たちまち情意を立法としてしまい、争いあれば云うだけ云って自然な一つの言葉で鎮まり返り、しかも、季節ごとに燃え上っては、また後から後からと若芽を噴き出してやまぬ、もやし[#「もやし」に傍点]のような瑞瑞しさが日本だった。
 これぐらい健康で新鮮な国もまたとあるまい。――
 しかし、これを云うと久慈のように怒り出す日本人も今は充満しているのだと矢代は思った。そのくせ外国人が云い出してくれると、眼を細めて人一倍に喜ぶ謙虚さも持っていた。けれども、何をどんなに云おうとも、われわれは健康なことに間違いはない。この健康さを信頼せずして他の何に信頼して良いだろうと矢代はこのときある強い思いに打たれずにはおれなかった。「ただもっと欲しいのは自然科学だ、これさえあれば――これは欲しい。」と彼は思った
前へ 次へ
全1170ページ中505ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング