を張ったが、無秩序を理性としている他の車の進行に注意していては、この混雑した闘争のさ中をきり脱けることが出来なかった。あ奴が衝って来そうだぞと勘づくと必ず衝って来る予想に緊張して、衝突の前に早や真紀子は、「あッ。」と悲鳴をあげ久慈の胴に獅噛みつくのだった。二つ三つも衝りをくってぐらついたころ、矢代の車の中でも千鶴子の叫びが上っていた。
「よし、ひとつ矢代に衝ててやろう。」
 と彼は真紀子に云った。そして、ハンドルを廻し矢代の車の胴を直角に狙って勢いをつけてみた。矢代より千鶴子の方が眼ざとく久慈を見つけると、恐れおののく風に上体を横に反らせて矢代の胴を抱き、追って来る車を見詰めつつ、
「いや、いや。」
 と眉を顰めた。そこを久慈はにんまりと笑って突撃した。物凄い音響と同時に火華が散った。どちらの車も停ったまま睨み合っていたが、すぐ矢代の方から辷り出すと今度は彼が、久慈の方へ突っかかって来るのだった。
 久慈は失敬しながら矢代の首を避け、遠廻りに廻ろうとしかけたそのとき、さきから意志を少しも見せず衝るを幸い薙ぎ倒していた青年の車が、「がッ。」と久慈の後尾を突き動かした。ハンドルを取りそこね
前へ 次へ
全1170ページ中474ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング