代も今は手持無沙汰をさえ感じて来るのだった。しばらくすると、眠れそうにもないと見えて千鶴子もサロンへ上って来て矢代の傍へ来た。
「いかが?」
「ありがとう。ここへ戻ると不思議に足が癒って来たんですよ。これじゃ、ヨーロッパで病気になったら、日本船へ入院するに限ると思いますね。」
「でも、結構でしたわ。あたしが送っていただいたようなものですもの。」
「どうも、さきほどは御迷惑をかけました。」と矢代は千鶴子に受けた看護の礼をのべ、
「しかし、こんな所であなたに御厄介かけようとは思いませんでしたね。今度パリへいらしったら、僕が御案内役いっさい引き受けますから、いらっしゃるときはぜひ報らせて下さい。」
「どうぞ。」と千鶴子は美しい歯を見せて軽く笑った。
いつもの日本にいるときの矢代なら、婦人にこのような軽口はきけない性質であったが、今日一日ヨーロッパの風に吹き廻された矢代は興奮のまま浮言を云うように軽くなり、見馴れた日本の婦人も何となく婦人のようには見えなくなって来たのであった。
「あたし、なるだけ早くパリへ行きますわ。日本へは今年の秋の終りごろまでに帰ればいいんですの。」
「なるだけ早くいら
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