或いは千鶴子に胸中の想いのままを伝えたかもしれない。しかし、日本を離れた遠いこのような所にいるときの愛情は病人と何ら異るところはないと矢代は思う。彼は千鶴子よりも少くとも理性的なところが自分にあると思う以上、旅愁に襲われている二人の弱い判断力に自分だけなりとも頼ってはならぬと、最後にいつも思うのだった。それはチロルの山中で二人が乾草の中で一夜を明したときもそうだった。現にアルマンの愛情をそのまま受け入れた病人のマルグリットの最後はアルマンの家庭から引き裂かれたうらぶれ果てた死となった。病人はどちらも安静にしてこそ健康になるのじゃないか。そう思うと、矢代は白い手袋を握って立ち上り、暫く真紀子の前を往ったり来たりするのだった。
王宮に似たオペラ座の正面の階段を真紀子は腕を矢代に支えられて登った。登るにつれて両翼に拡がった蔓のような真鍮の欄干の優雅な波が廻廊へと導くまま、歩廊を幾つも越して二人は二階の桟敷へ案内された。蝋燭の似合いそうな深い部屋の中は紅色の天鵞絨で張り廻された密房の感じだった。椅子に腰かけてもう始っている舞台の方を見ると、丁度そこだけより人生はないと思わせる具合に舞台以
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