外の他の部分は見えなかった。矢代は劇の動きよりも来ている千鶴子を探したかったが、よほど窓から乗り出さない限り窓枠の欄壁の厚さに邪魔されて客の顔は探せなかった。どの部屋も恐らくこのようになっているとすれば、この夜ピエールが千鶴子に囁く言葉や態度は、この密房の中の真紀子と自分とを想像するより法はなかった。
「綺麗な女優さんね。声もいいわ。」
真紀子は小声で云った。矢代はそう云われて初めて舞台を眺めている自分に気がついた。舞台ではマルグリットの歌劇名のヴィオレッタの豪奢な客間で催されている夜会だった。
「ああ、楽し。妾や、快楽のために死ぬのが本望……」
まだ始ってあまり間もなく、黒い天鵞絨の衣裳を着たマルグリットを中心に、十九世紀風のパリの紳士淑女が華やかなメロディの合唱をつづけている。
矢代は事実をそのまま小説化したと云われる原作の椿姫では、アルマンが最初にマルグリットの椿姫と話した時は今自分が千鶴子を探しているように、オペラへ来ていながらも、絶えず桟敷から桟敷へと眼を走らせて舞台を少しも見ないマルグリットの描写だったと思った。しかも、椿姫の棲んでいた所もこことはそんなに遠くないアン
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