い殴り合いして来て今にまでつづいているのを思うにつけ、いつも久慈と二人で論争して来たそのテーブルで、今も二人の青年が泡を飛ばしている姿が、やはり何ものかに燃え上っていって果て知れぬそれぞれの苦悩と楽しみの現れのように見えた。
「やっとるぞ。」
 矢代は微笑しながら聞いているうちに、自分も懐中深く持っている秘めたマッチを取り出し、思わず二人の議論に火を点けたくなるのだった。
「いったい、めいめい何に火を点けたいのだろう。実はおれも火を点けたい。」
 ふとこう思った彼は眼を上げたとき、濡れ鼠になった石の古い建物が全身から汗のような雨滴を垂れ流している姿が映った。瞬間それは突然の天候のこの変化に歓声をあげて雀躍しているパリの石の心のように感じられた。今までとてときどき矢代は、パリの街に一度根柢から吹き上げる大地震を与えたい衝動にかられたことがあったが、今もこの街に巻き襲って来ている左翼の大海嘯は、沈澱して固まりついた物体のように化け替っている精神の秩序に刃向い、襲わずにはいられぬあの暴力のように思われるのであった。しかも、まだそれでも夕立の雨のように石の表面を垂れ流れるばかりで、何の手応えも
前へ 次へ
全1170ページ中267ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング