レベーターに乗り換え、ケーブルに乗り換えた。見る間に街は下へ沈んで行くと、半島が現れ、丘が見え、島が水平線の上から浮んで来た。
 山上に立つと明るい南仏の風景は一望のもとに見渡された。灰白色の陶土のように滑かな地の襞に、ところどころに塊り生えた樹の色は苔かと見える。海は藍碧を湛えてかすかに傾き微風にも動かぬ一抹の雲の軽やかさ。――
 何と明るい空だろう、と矢代は思った。廻廊のような石灰岩の広い階段を廻り登って行くうちに寺院へ著いた。中は暗く鞭のような細長い蝋燭の立ち連んだ間を通り、花に埋った一室へ足を踏み入れた。
 その途端、矢代はどきりと胸を打たれた。全身蒼白に痩せ衰えた裸体の男が口から血を吐き流したまま足もとに横たわっていた。
 外の明るさから急に踏み這入った暗さに、矢代の眼は狼狽していたとは云うものの、いきなり度胆を抜くこの仕掛けには矢代も不快にならざるをえなかった。それもよく注意して見るとその死体はキリストの彫像である。皮膚の色から形の大きさ、筋に溜った血の垂れ流れているどろりとした色まで実物そのままの感覚で、人人を驚かさねば承知をしない、この国の文化にも矢張り一度はこんな野蛮
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