色の鎧戸に新しい黄色な日覆をつけた窓窓も、文化の古さに縫いつけた新しい鰓のように感じられた。
 一行の自動車は坂を登ったり降りたりした。午後の四時ごろである。マルセーユの街は散歩の時間と見えて、どの通りも人がいっぱいに満ちていた。太陽の射している街と日蔭の街とが、屈曲するごとにぐるぐる廻って矢代の前に現れた。ある坂の四辻まで来かかったとき、「ここは去年、ユーゴスラビヤの皇帝がピストルで暗殺されたところです。丁度ここですよ。」
 と永くこの地にいる日本人の案内人が自動車を停めさせて説明した。
「軍艦を降りてから儀杖兵づきで、ここまで自動車で来られたところが、丁度ここでしたが、路がクロッスしてるものだから自動車が一寸停ったんですな。そこへつかつかと一人の乞食のようなロシア人が来ましてね、いきなり窓ガラスを拳銃の柄でぽかッと叩き壊して、続けざまに乱射したものですから、同乗していたフランスの外務大臣も一緒にやられました。」
 この案内人はこのため近来の大衝撃を受けたらしい自慢顔でそう云ったが、一行のものには何の響きもないらしい様子に失望して、馬鹿馬鹿しそうにまた自動車を走らせた。暫く行ったとき
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