じゃ、どういうんですか。これさえ覚えとけば、もう大丈夫だ。」
 一同が声を揃えて笑うとすでに一団の行動はそれで定められたと同じであった。
「つれしゃるまん。というんです。」とある商務官が洒落て云った。
「つれしゃるまん。つれしゃるまん。」
 と幾度も沖氏は呟いてみていてから、
「マルセーユつれしゃるまん覚えけり、と、これや、どうです。」
 ときどき船中で試みた俳句の手腕を沖氏は早速使ってまた皆を笑わせた。
 荷物も税関もすませてから、何となく遽しいごたごたとした気持ちのまま船客たちは自動車に分乗してマルセーユの街の中へ流れ込んだ。街は税関の門を一歩出ると、早くも敷石の上に積み上っている樽の色から芸術の匂いが立ちこめて襲って来た。車が辷って行くと、立ち並ぶ街路樹が日本の神社仏閣にある巨木と同様に鬱蒼として太かった。まるで街路が公園のようで、両側の石の建物を突き跳ねそうに路いっぱいに枝を拡げた大樹の下を、惜しげもなく車は駆けていく。どこの街か分らなかったが、これが馬車だったら一層良かっただろうと矢代は思った。街路樹の大きさと年を競うように周囲の建物もまた古かった。触ればぼろぼろ崩れそうな灰
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