一台の自動車が開いた屋根に人を満載して通った。その屋根の上から拳を握って振り上げた者たちが、「フロンポピュレール」(人民戦線)と一斉に叫んだ。すると、道の両側を歩いているものらまで握った拳をさし上げてそれに和した。
「いつの間にこんなになったんだ。刻刻変ってるんだなア。」
と矢代は遠ざかっていく自動車を見て云った。
「もうこれは毎日さ。」
と久慈は、来るべきものが来ただけだと云いたげな顔だった。
「これもすぐ日本は真似するんだろ。」と矢代は笑った。
「もう出てる。」と東野は云って、「映画や写真機や電気は、どこの国にも伝統がないからすぐ競争が出来るが、思想も伝統のない種類のこんなのは、一種の形式だからね、すぐ流行して次のが出て来る。自動車の形が、毎年変るみたいなものだ。」
「しかし、そう云えば伝統だって、これで一種の伝統的考えという形式になって来たな。お寺はお寺、科学者は科学者という風に。久慈だってそうだな。君は思想の形式だけを思想だと思ってる技術家だよ。」
そういう矢代に久慈は一歩前から振り返り、
「モンマルトルへ行こう。それから真剣勝負だ。」
と云って地下鉄の方へ歩いてい
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