忘れてしまったのである。しかし、日本へ帰って、最初に思い出したのは、やはり千鶴子のことだった。何ごとのためにか、すべてを欺いていたのも、日を経るにつれ剥ぎ落ちて、その下から顕れて来るのは、白いレースの襟に泛ぶ千鶴子の眼だった。自分の愛していることを自分で気づかぬなんて――
パリにいるときも、じッとそうして一点をよく彼は瞶めたが、またいつもの癖が出て、それはそれとして慰められる他の多くのことを知りもし、工夫もした。
「君のは愛ではない。大愛でもない拷問だ。」
いまだに千鶴子との結婚を延ばしている矢代にあて、そう書いた久慈も、実は、自分の気持ちをついに顕わすことをさしひかえた自身の、偽りつづけた工夫かもしれなかった。しかし、さて帰ってから母の奨めに随い、結婚しなければならぬとなると思い泛んで来たのは、千鶴子のことであった。特に烈しい愛情もなく誰かと生活することは、もう久慈は馴れていた。おそらく、また見も知らぬものと結婚してしまいそうだったが、それにしても、この真紀子はまだ自分と生活する意志があるのだろうか。
カットグラスの大鉢に盛りあがった見事な葡萄の房の対うで、千鶴子は傍にいる田辺
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