咽喉へ落そうとして、何ぜともなく、ふともうこの男は死んで帰って来たのかもしれないと思った。何を云おうと無駄かもしれないと思った。
「スペインへは行かなかったんだなア。」
「傍まで行ったんだが、折れてカンヌからグラスへ出てみた。あそこはコティの薔薇畠があってね、紹介状を出したら、社長の細君が案内してくれたよ。」
云いたいことのおしむらがって来る庭前の涼しさだったのに、叩けど響かぬ空廻りの感じで、矢代は心労と懐しさの手捌きに疲れを覚えた。
「細君は見つかりそうかね。」
他意あってのためではなく、コティの社長の細君という連想の弾みで、矢代はふとそう訊ねてみたものの、同時に意味もこもり、我ながら羞恥も顔にのぼった。
「いや、まだだ。」
と、久慈は急に明るく眉を開いて笑った。固い殻がぱっちり音立てて裂けたような笑顔だった。この久慈の美しい笑顔にあうと、いつも矢代は無造作に倒される自分を感じたものだったが、今も変らず、彼はまた、千鶴子とのいきさつなど忽ち遠のいて見えなくなる、恐るべき男の笑顔を感じて気持ち良かった。しかし、こうなると、互いに溶けあう親しさの募りにまかせ、人には云えぬ毒舌も熾ん
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