の清三郎に彼は依頼することにした。風呂場や茶の間を建て直す清三郎の姿が、毎日蒲田の方から顕れて来るようになったのは、梅雨も半ば過ぎていて、熟した梅の実が朴の葉を擦り落ちるころだった。清三郎は長めの顔で丈も高く、腹掛けの背の十字の紺も洗濯が利いていた。物数少く実直で、選択する木材も見積りを厭わず丹念なのもとよに似ていた。とよがまだ矢代の家の女中をしているとき、愛人に出す手紙の代筆を幸子に頼んで、熱しふるえながら、
「夢のかけ橋かすみに千鳥、想いかなわぬ身なれども――」
 と、こう云い出したとよの様子を思い、そのときの相手がこの清三郎の姿かと考えると、雨に濡れた彼の背の十文字が、矢代にはおかしい封印の手紙に見えた。
 家の改造が進捗している間、矢代の友人たちの間にも変化があった。須磨で療養中の東野夫人が亡くなった。由吉が再度の渡欧に旅立っていったのにひきかえて、久慈からはジュネーブにいる書記官の大石と一緒に日本へ帰るという手紙が届いたりした。また、塩野の縁談が急にまとまったことや、槙三が航空会社へ勤めることに定ったことなどもその一つであろう。矢代も久木男爵の会社へ一週に二日通い、小父の会社
前へ 次へ
全1170ページ中1130ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング