の方を顎でさし、そう云ったように思われたあのときの感動など、彼はふと思い出したが、別に愚なことだとは思えなかった。なるほど、あの山の表情はこのようなときのためだったのかと、むしろ逆に感じをふかめるばかりだった。
千鶴子の久慈へあてて書いた短い文章にも喜びが出ていて矢代は嬉しかった。
「四五日前から、奈良、京都を兄たちと廻りました。私のまだ知らなかったいろいろなこと初めて勉強しましたが、私のためにたいへん遅すぎなかったことをたいへん有り難いことと思いました。兄は間もなく出発します。多分来月あたりは、あなたとそちらでお会いすることと存じます。」
こう書いた終りへ、自分の名をいつものようにせず、矢代千鶴子としてあるのに彼は気付いた。突然異様なものを見たように矢代はそこを見詰め、黙ってまたその後から自分もペンを使おうとしたが、相手が久慈だと思うと、矢代千鶴子という署名は大胆にすぎる面映ゆさで文章も詰るのだった。
「昨日ね、僕は田舎でお嫁さんはまだかと訊かれて弱った。君のことを云うには早すぎるし、否定するには遅すぎるし、というところでしてね。」
「それも早すぎるんじゃありません。」
彼の結
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