た。
「じっと立ってらっしゃい。」
 と矢代は云いながらも、しかし、人間が猛獣より恐るべき動物になる森を市街の中に造ってあるパリの深い企てを考え、も早や云うべからざる近代の寒けを感じ、なるほどこれは闇だなと思い進むのだった。
「どこです。」
「ここ。」
 と今度は千鶴子はすぐ傍で答えた。拡げた手と手が触った瞬間、思わず二人は両手を握り合せた。
 提灯の火はここからはよく見えた。道も広く下り坂になって来たが、重なる樹の幹に隠されすぐまた提灯が見えなくなった。
「この森は魔の森と云って恐ろしい森ですから、気をつけていらっしゃい。」
「恐いわ、そんなこと仰言っちゃ。」
 千鶴子の擦りよって来た手を指環の上から握り矢代は曳くように歩いた。湿った樹の幹の間に前から漂っていた脂粉の匂いが歩く身体に纏りついて追って来た。坂道のせいか千鶴子はぐんぐん矢代を押して来ながら、
「多勢で来ると短いようだったけど、道を間違ったのね。」
 と云うと、どっと何かに躓いて倒れかかった。矢代は引き立てるようにして水際の方を覗きつつ歩いたが、ボートはどこにも見えなかった。ボートなど無くなっても千鶴子と二人でいる以上は、
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