このまま見附からない方が良いとも矢代は思い、もうゆっくりと肚も坐って来るのだった。
「さア、しまった。いよいよ帰れなくなった。」
と矢代は云って立ち停った。二人は黙って水辺を見降ろしていたが、
「いいわ、行きましょう。」
と千鶴子ももう元気な声で云うと、自分から矢代の腕を持ってまた歩いた。
闇に馴れて来ると森はさまざまな匂いを放って来た。パリに永く生活している人で、闇夜に森の中を婦人と二人で歩くことほどこの世に幸福なことはないと云った言葉を、ふと矢代は思い出した。
なるほど、これが幸福なのであろうか、ただこれだけのことが、と矢代はひとりそんなに思いながらも、湖に浮んでいる紅のまん丸い提灯の色が、もう光明のまったく失せた悲しい最後のなやましげな紅さだなと頷くのだった。
「この森をパリの街の真ん中に是非残しておけと云ったのは、ナポレオン・ボナパルトだそうですが、豪い男だと思いますね。あの男はただの豪傑じゃなかったのだ。」
「広いのね。これでどれほどあるのかしら。」
「周囲五里というんですよ。」
「まアこれで。」
と千鶴子は云っても別に驚いた風ではなかった。二人の歩く道の下に岸がつ
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