丈も相当に高そうな頭の部分に、黒松が繁っていた。見れば見るほど、それは狩衣を着た姿だった。両脇から頂上の砦へのぼっている山襞は袖付の裂け目に似ていた。何の邪魔物もない空の中で、おだやかな、物分りの良い、やさしい微笑さえ矢代は、その狩衣から感じた。じっと動かずいながらも、首だけゆるく廻すように感じるのも、すべてこちらがそう思うからにちがいないに拘らず、それでも、なお彼はその顔と、活き活き話も出来るように思った。
「さア、もうお前は行きなさい。」
 とそういう風にも顎が動く。
「そこにそうしていて下されば、僕たちも安心です。」と矢代は云った。
「うむ。」
「もう皆、お分りでしょうから、お話もいたしません。どうぞお大事に。」
「うむ。」
 矢代はこみ上って来る感動に堪えかねて、とうとう泣いた。涙が出て来てとまらなかった。若い車夫は前掛けの毛布を肩にかけたまま、極まり悪げに彼から顔を背けて待っていたが、矢代は介意《かま》わずなおいろいろ山の話をつづけたくなり、そのまま去って行く気持ちもなくなるのを感じた。そして、どうして今の今までこの姿を忘れていた自分だったのかと、急に過ぎた日のすべてが空虚な
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