でもなければ、叫び斃れるものの声でもなく、肋骨の間を音もなく吹きぬけて行くような、冴えとおったうす寒い、人里はなれた光年の啾啾とした私語であった。
矢代は城砦にあたる外廓の一つ向うに見える翼形の峯を瞶めた。そこは、陣形として山容を眺めているうちにも、自然に彼の視線を牽きよせる高みの場所だったからであるが、何ぜともなく彼はそこを中心に、攻め襲って来たカソリックの大友の軍勢を想像するのだった。その軍勢は裾の薄氷のような白い塩田の方から進んで来て、黄褐色の大軍のざわめきとなり、泡だちあがって城を包囲し、外廓の一翼のあの峯を占め取ると、そこへ日本で初めて使う大砲の筒口を据えつけた。そして、新鮮な一弾の谺するたびに、崩れ落ちる白壁の舞い立った場所は、おそらく自分のいるこのあたりの平坦な一角だったにちがいないと思った。雪崩のごとく逃げ迷うもの、飛び散るもの、刺し違えて斃れるもの、それらの乱れ叫ぶひまひまにも、そのとき、この松風の音だけはここで続いていたことだろう。
「あたし恐いわ。何ぜかしら恐いわ。」
矢代がこの城の終末の歴史を告げた直後、こう千鶴子の云った愁いげな松濤の木椅子の上での言葉を、
前へ
次へ
全1170ページ中1073ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング