を口にするのも実感が籠った。彼は槙三と会うのが久しぶりで特に彼の微笑した眼差が懐しかった。昨日は伊勢から長谷寺へより、奈良から夜遅くこのホテルへ着いたことなども、彼の話から推測するのだった。
「どこがお好きでした。」と矢代は槙三に訊ねた。
「伊勢でしたね。タウトを読んだせいか、内宮は立派だと思いました。」
 黙っているくせに、話すとはきはき発音する槙三の態度を、いつものように矢代は好もしく感じた。殊に数学を専門にする槙三のような学生が、大廟に参拝して来て感動を顕わすのを見るのは、杉の葉の匂いに拭き洗われて来た体を見るようで、一層この午前が爽やかだった。紅茶の間、今日の行くべき所を四人で相談した。由吉は案内役の知人が正午前に来ると云うので、昼食時の落ち合う場所を定め、矢代はそれまでに西大谷の納骨をすませる予定を話すと、千鶴子も一緒にそちらへ廻りたい旨申し出てくれた。槙三は午前中は博物館を見たいと云うことだった。自然、矢代、千鶴子、槙三の三人が同じ方向になった。
 由吉と別れて三人が自動車に乗ってから、骨箱を膝にした矢代の両側で、暫く千鶴子たち兄妹は黙っていた。矢代は三人が結納のためいつか
前へ 次へ
全1170ページ中1056ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング