には一つもなかったと思い、めでたい感じで摘まんでから指先の粉を擦り落した。尖塔に似た博物館の屋根がはっきりと白く浮いていた。それはこうして離れて見れば見るほど、争われずカソリックから影響を受けた建築に見えた。
「ね、あの屋根、サクレクールそっくりでしよう。」と矢代は粉のついた指で尖塔を指した。
「そうね。一番似てるわ。」
「僕らの外国へ行く前にはあれはなかったんだが、こうしていつの間にやら、みんな集って来るんだなア。」
彼は尖塔を眺めているうちに、ふと傍に並んでいる千鶴子が松濤の木椅子の上で洩した言葉を思い出した。
「君はさっき松濤で、何んだかしら恐いと仰言ったが、別に恐れる要はないですよ。あのようにだんだんなっていって、中にはお仏さんもちゃんと並ばれるようになるんだもの。何んでもないさ。」
しかし、千鶴子はやはり黙っていた。矢代は鶯餅をまた一つ摘まむと、仏像の唇に滲んだ艶も指さきにつくように覚えお茶を飲んだ。緋色の毛氈の反射が赤赤と顔を染めるようだった。そして、自分の花嫁はまだ何かを少し愁いながらも見事にその上に坐っているのだった。
九時の夜行で矢代は九州へ発った。
千鶴
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