矢代と千鶴子が東野の宅へ行ってからは、東野は千鶴子の兄の由吉としばしば会った様子だった。その度びに、自然に矢代と千鶴子の縁談も、勝手にこの二人の粋人の手の中で進められた。その間には、真紀子や塩野もともに加わっていることも想像されたが、一方その勢いに巻きこまれて、塩野の縁談まで一緒に押し進められている形勢があった。
 結納品のことなどは、矢代は母と相談の結果、東野に一任することとした。千鶴子の家の方も同様の意向で、日を決めて、東野は両家へ出かけて来ることにもなった。
 嫩葉はよくほぐれて伸びて来ていた。矢代は千鶴子に手紙を出してから、暫くの問を隔いたある日の午後、彼女と、また松濤の公園で東野の宅へ行く前に待ち合せた。二人が公園の木椅子に並んだとき、暫らくはどちらも手紙の内容に関しては触れようとしなかった。睡蓮の新芽がまだ巻葉のまま水面に突き立っている他は、園内の木の葉は黄色を滲ませて美しかった。幾らか面窶れを見せた千鶴子の頬の細さが、日ごろよりも鹿に似て見える唇に、薄紅をつけているのも、木の葉の裏まですき透った日射しに湿れて映え鮮やかだった。
「眠れないって、まだですか。」
 矢代は千鶴
前へ 次へ
全1170ページ中1029ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング