ーテ派ですが、光を道義と感じる僕らの国の人とは、よほど変った虚無的な、これなら消える筈だと思われる節節多く参考になりました。あなたも少しはそれらも読んでみて下さい。そうしますと、この奇怪な僕の論証も、詭弁の様相をなしつつ、どことなく愛情ある囁きに似た、人間的な一条の真面目な行為の光だということを発見して下さるにちがいないと思います。実際、光に関しましては、むかしからいろいろな学者が自分を瞞著して、沢山な犠牲者を出して来ました。僕はそれが口惜しくて、誰がいったい、僕のこの人間的な物思いを打ち壊くことが出来るかと、じっと見ていたい不遜さえ感じるほどです。福音伝でもこう云います。
『我が好むは憫みなり、犠牲に非ず。』
 この言葉は正しい。これを取り巻く悪僧どもが、この真実の憫みを一千年も犠牲にして来ました。あなたも一日も早く、自分の真の光を信じて下さい。幻影の犠牲になどなってはなりませぬ。僕らの中には、光るものもあればこそ、天上から射す光をも受け眺め得られる、おおみたから、という言葉さえ使用されているのです。この冒しがたい、どっしりとした、どこかゲーテに似ている僕らの光の御旨あるところを感じ
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