だった。
「蝶二つ一途に飛ばん波もがな、――いいなア」と彼は蟠って来た思いを吹き消すようにそう云って、自分たちの飛び立つ海の明るさ波の広さを眼に泛べ、傍の千鶴子にもともに並び立って飛ぶ翅の用意を命じたくなった。間もなく千鶴子も彼の喜びを察したものと見えて居ずまいを正した。そのうち鍋もまた次第によく煮えて来た。矢代は千鶴子が強いて居ずまいを正したのではないことを心ひそかに希った。そして、早く一切の濁りを二人の間から取り払いたい気持ちでいっぱいになるのだった。


 花の散った後の桜は葉の貧しさが急に目立った。薄紅い萼に鬚のようにのび残った雌蕋に、日の射しているのも、花あとの疲れがほの見え佗しい春の深まりになって来た。通りすがりの御用聞きが懐から目薬を出して、一寸眼に薬を落して去って行く後姿を矢代は眺め、やがて葉桜に変ろうとする前の葉越しの季節は、いいがたい寂さの含みあるものだと思った。
 彼は千鶴子との結婚のことを母に云い出すのを、寝る前の静かな時を選びたいと思い、この日は朝から夜の来るのを待っていたのだったが、日の落ちそうに傾いて来た今となっても、さてそれを云い出すときのことを思うと、
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