たが、それでも矢代は愉快ではなかった。殊に久慈のそのときの軽軽しい諧謔が、旅先とはいえ眼について、傍にいた真紀子の洋装まで品下った皺の潜むように見え、初めの悽艶な句にまで挿話の汚紋が滲みのぼって来る曇りを覚えた。
「大西洋でクイン・メリーの揺れたときの句だったが、冬薔薇の芯すら落すローリング――そういうのもあったよ。あのときの船の揺れば、相当だったね君。」と東野はこのとき真紀子に、珍しく当時の船室を追想する耀いた眼差に変って云った。
「ほんと、あのときはあたし、もう死ぬんじゃないかしらと思ったわ。あんなに揺れたこと初めて。」
 真紀子も表情を眼に籠め、傍の千鶴子に対って云った。しかし、その豪華な船室の揺らめく句は、東野と真紀子の航海の愉しいさまを髣髴させているばかりではなく、その夜の二人の危ささえよく顕した艶麗な作だと矢代は思った。それにひき換え、シベリヤの荒涼たる中を流れて行った当時の自分の一人旅の寂しさを、今さらに矢代は感じ俯向いた。
 東野と真紀子の方の鳥鍋は火も強く、ローリング激しい船室の句の出たころから、次第に活き活きと愉しげに変っていった中でも、千鶴子はどういうものか一人黙
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