「いいなア、僕も芽の出るころに帰って来たのか。いや、僕は忠義を竭すよ。誠忠――これ以外に僕らにはあり得ない。これは実に豊かなものだよ。ただ人はこれを間違えて、こせこせしたものだと思うようにさせる傾向のあるのは、もっとも慎しむべきことだね。とにかく、あのこせこせした日本精神だけは、一番激しい非日本精神だよ。」
 東野はそう云ってからも、またのべつ幕なしに饒舌りたいらしく、何か憑かれたように止めどもなく車中でひとり話すのだった。
「僕は外国を歩きながら、日本精神ということを絶えず考え通して来たがね、とどのつまりは、日本精神ということは、人を寛すということだと思ったね。それや怒るときは怒るがね、しかし、そこにまた何んというか、怒ってしまうと、ぱっと怒りを洗う精神が波うって来るそのおおらかな力だよ。それが日本精神さ。それが大和ごころという優雅な光りものだよ。もしそれが無ければ日本は闇だ。滅ぶ方がいい。諸君青年はこの美のために立てよ。ただそれだけがもう諸君の精神世界を美しくするのだ。そのどこにいったい嘘があるのか。」
 と東野は云うと眼に涙を泛べて矢代の膝を叩きつけた。矢代は強く打たれる膝もとから、自分が満洲里の国境を突切って入って来たときに感じた清純な心の呼び声を、今再び彼から聞きとるように感じ、
「やるよやるよ。」と答えて背を延ばした。そして、埠頭の歩廊で真紀子と東野の間に、忌わしい想像をめぐらせようとしていた自分に対して彼は恥じるのだった。なおまたたといそんなことがあったとしても、この今の彼の感動は、千鶴子と自分の結婚のときに仲人を東野に頼みたいと思わせて、他に適当な人は自分には見当らないとまで彼に思わせて来るのだった。
「僕が帰ってからあなたはパリで講演をされたそうですね。誰だか云ってたが、あ、そうだ君だったね。」と矢代は傍の塩野に訊ねた。
「講演か。あれは僕の一世一代の冷汗をかいた日だったよ。生きれば恥多しとつくづくあの日は思ったね。しかし、フランス人というものに、実はあの日初めて僕は感服したんだが、――」こういってからどういうものか東野はまた黙りこんだ。
 矢代は東野の感服したのはどういう点かと訊ねてみたが、そのときにはもう車はニュー・グランドの前まで来て停った。東野は一同の先に降りると、前の山下公園の方を一寸見てから、ホテルへ入らずつかつかと海際の公園の中へ
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