入っていった。矢代も彼の後から追っていった。
「僕は外国へ行く前に、よくここのベンチへ坐って海の向うを見ながら、子供みたいに夢想に耽ったものだが、今度はどんなものか、そこの同じベンチへ坐って見てやろうと思ってね。」
 東野はそう云いつつ噴水のある傍を通り、芽の出た若芝の周囲を廻って、海岸よりのベンチの一つを選ぶと腰を降ろした。
「ここだよ。もう僕は前のようじゃないからね。何んと有りがたいことだろう。」
 両手を後頭部に廻し後へ反りつつ、東野は海を見て云った。少し老人じみて見える横顔の眼もとに細かい皺が出来ていたが、まだ眼底の光りは若若しく疲れてはいなかった。園内の立木が遠く離れていたので、かっと強い日光が額に射した足もとの海面で測量船が人もなく揺れている。その向うに陽を孕んだ帆船が風に逆らい、舷側に白い泡を長く立てていた。
「君、僕はいま非常に気持ちが良いのだよ。われながら興奮を感じるほど混りけがないように思うんだが、これがいつまでも続いてくれればね。君はどうだった?」と東野は急に矢代の眼の中を覗き込んで訊ねた。
「僕もそうだったなア。しかし、一度そういうことが有ったと思うことは、なかなかこれが、大切なんだと思ってるんです。今でも僕は国境を入ってきたときの感動を、これは自分の鍵だと思って大切にしていますよ。」
「そうだろうね。もしそれを疑っちゃ、――」東野は暫く黙った。
「しかし、その鍵を疑うものは実に多いね。そ奴を知性だと思わして元も子も無くさせる非文化的な病いが世界中に蔓延しているんだよ。何ものの仕業か知らないが、こ奴にかかっちゃ、今にもう僕らは戦争をさせられるよ。世界中がじくじく腐って来たのだ。」
 二人はもう黙ってしまった。遠くに見える東野の乗って来た船の周囲は、まだ荷揚げがつづいて忙しそうだった。二人は間もなくそれからホテルへ戻っていったが、東野は実家の方へ帰してある夫人や子供に、出迎え不用の電報を打ってあるので明日でもそちらへ行かねばならぬと話した。

 ニュー・グランドのロビーでは一団のものらは悉く揃って二人の来るのを待っていた。二人が見えると、白い葡萄酒が各自のコップに注がれて皆東野たちの無事帰朝を祝し合った。その後の一同はそれぞれ思いの残る場所場所の話で持ち切っている中でも、特にひそひそ声をひそめて訊ねたり、答えたりするようなことも多かった。由吉の
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