これでわしも、日本のトンネルの難工事というのは、随分仕上げて来ているんだぞ。福島から会津へぬけるトンネルがあるだろう。あれは難工事で、わしも初めてぶつかったものだから、あのころは夜もろくろく眠れなかった。それから難しかったのは、碓氷峠だ。あれは難しかった。その次は大津から山科へぬける疏水で、その次は宇治川の水電だったね。」
父にも酒が少し廻って来たと見え、子の前でむかしを偲ぶ自慢もそろそろ出始めた。矢代はこのときを機会に父の自慢談をなおよく聞き出して置きたく思い、父の盃に酒を忘れずに注ぐのだった。
「久木さんとこの会社には、いつごろまででしたか。」
「碓氷トンネルを仕上げるまであそこで御厄介になった。どうもわしは短気者だったから、命令通りにしては仕事の進行は危いと分ったので、反対をしたのだ。ところが、会社の方はわしの云うのを取り上げてくれなかったものだから、とうとうトンネルは潰れた。それでまたわしが命ぜられて仕上げたのだが、それと一緒に会社も止めさせて貰った。」
固そうな白い鬚に父の表情は隠されていたが、直接に見たこともない父の才腕も、微笑を含んだ眼もとに冴え光るものの走るのを眺め、あれが父の鍛錬の顕れであろうかと矢代には思われるばかりだった。
「一番の御自慢はどこですかね。やはり碓氷峠でしたか。」
「そうだなア。自慢の出来るのは碓氷峠と逢坂山だ。今の逢坂山はあれは誰がしても失敗したもんだが、とうとう最後にわしが仕上げた。今でも東海道線であそこを通るときは妙なものだ。眠っていてもぱッと眼が醒めるよ。自分の作ったものの腹の中へ転がり込むんだからな。東山の土が柔かくって、あんな柔かい土もないもんだ。」
唇の色だけまだ赤く美しい、父の顔を見上げるときどき、ふと矢代には先祖の歴史と父の仕事との関連が泛んだり消えたりした。そして、今のうちに自分の知らぬ部分の家の歴史を聞いても置きたく思ったが、父の眼には、子とおよそ違う身を打ちつけて来た重なる山岳の重量が、過去の幻影となって襲って来ているにちがいない。実に健康な若若しい日の父の姿も、羨ましくその厚い両肩から感じられた。彼は千鶴子と自分との間にもし子供が生れたら何をその子供らがするものだろうかと、まだ父には告げぬ自分の嫁のことなども考えられたりした。
「お父さんの苦労がそう僕に分っちゃ、うっかり汽車にも乗れなくなりますね。
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