ら蕗が勁い芽を出し、傍の小石もその芽に押し動かされた様子が見えた。枯草の間を流れる水の面に温かそうな霞が漂い、冬もようやく去ろうとしている気配があたりの草叢から感じられた。

 この日の労働は彼の身に応えて全身に疲れが廻ったが、外国から帰って以来、矢代は初めて心に落ちつきを得たように思われた。夕食前風呂に這入ったときも、体を洗うのも大儀に感じたほどだったが、気持ちは常になく晴やかだった。
「今日みたいな気持ちの良い日は、僕は初めてだなア。」
 と風呂から出たとき、身体を拭き拭き矢代は母に云った。
「たまに働くとそういうものですよ。」食事の用意をしている母は笑った。
「土の匂いがいいんですね。」
 そう云いつつも、やはりそれは近ごろ初めてしてみた正直な働きのためだと矢代は思った。自然に対い恥じざる行いに少しばかり接近したのだと思ってそっと黙り、彼は新しい襯衣に着替えて帯を強く締めてみた。夜になってから気温が急に下り雪模様の冷えた空気が室内にも襲って来た。食事のときは、この夜は珍しく父の部屋で揃いの高膳だった。父は晩酌を矢代に奨め、
「どうだい、いっぱい。」
 と酌をしてくれた。父と一緒のときは矢代は自分の年も忘れ、十歳ほどの少年のような気持ちになり、いまだに成長した覚えのないのが不思議だったが、それが父から酌を享けると、突然に身丈の伸びた感じで気羞しく盃を出すのだった。いつもは父とあまり話さぬ癖の彼も、そうして三四杯父から続けられるにつれ、疲れに酒が加わって、何かと饒舌り出しそうな気色も動いて来たりした。
「久木さんはもうお幾つだ。」と父は自分も子に注がれたのを享けて訊ねた。
 今日の父の上機嫌は、母の話したことに原因しているのも矢代には分っていたが、どういうものか久木男爵のことだけは、直接父に話す気がまだ起って来なかった。
「赤い襯衣を着る年だとか、云ってられたようでしたが。」
 男爵の不在を好都合に迂濶に失礼な言葉使いをしては、父に叱られそうで彼も幾らか固くなって答えた。
「ふむ。」
 父は何か自分の年齢や、その他久木家の先代の年齢との開きなど考える風に暫く黙った。
「お父さんが久木さんのところに勤めていられるころは、主にどういうことをしてられたのです。」
「あのころはもうトンネルの設計をしていたよ。難工事で人が失敗すると、いつもその後をわしがやらされたもんだな。
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