なりました。」
 と云って一同の方へ歩いて来た。
「今日のノートル・ダムのお写真は、あれは苦心をされたでしょうね。わたくしもあのお寺を写してみたことがありますがいつ見ても良いものは良いですね。」
 男爵にそう云われて、塩野は答え難そうに笑ったままだった。
「どうですか。写真の方でも外国人と日本人とは、見方がだいぶ違うでしょうね。」
 と男爵はまた鋭い質問を続けて塩野を見た。
「違いますね。一度フランスの専門家に、写したものを選んでみて貰ったことがありましたが、これが良いと云って抜き出してくれたものは、どれも向うで苦心をして撮ったものじゃないんですよ。日本でもいつでも撮れるものばかし抜いてくれるので、何んのために自分はフランスまで来たんだろうと、しばらく僕も苦しみました。」
 若い塩野はその当時の苦しみを今もなお続けているらしく彼には珍らしい暗い表情になってうつ向いた。
「いや、それは画家もそう云いますよ。フランスへ行くと、却って良い画が描けなくなると云ってた人がありましたよ。」
「人間もそうかもしれないぞ。」
 と由吉はパイプにきざみを詰め詰め云った。みなどっと笑い出した。
 その波立ちが、急に一同の表情の上に逆な明るさを与えて一層それから活き活きと談が弾むのだった。
「わたしも十六のときから二十六のときまでロンドンにおりましたが、どうも外国を知らぬ先代の方が、わたしより豪いようです。皆さん方はどうですか。」
 久木男爵のそう云って見廻す顔の中から、音楽家の遊部が、
「それはやはり、僕もそのようだなア。」
 と歎声を洩らして笑った。
 この遊部は資生堂の画廊へ昼間来ていた藤尾みち子と結婚して外国へ二人で行ったのだが、帰るとすぐ二人は別れてしまった。
 食事前のアッペリティフが皆の前に出たころ、婦人たちが遅れて這入って来た。千鶴子もそのとき藤尾と並び男の客たちから少し離れた椅子にかけた。
「久木さんお幾つですか。年より若くお見えじゃないですか。」
 と由吉が訊ねた。
「わたしは丁度赤い襯衣《シャツ》を着る年ですが、芸術が好きだから一向に年をとらんのですね。やはり芸術というものは、経済よりも良いものだということが、このごろやっと分って来ました。わたしは外国にいるころから、自分の代になったときの事を考えて、そっと自分の弟子たちに金を遣わせて将来に備えて置きましたが、自分の
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