と闘い、自分の生命を奪われていったことだろうと矢代は思った。しかも、今やそれが矢代の意識《こころ》にも迫って来たのである。たとい千鶴子が直接彼に云わなくとも、何ものかが千鶴子を通し、指で彼をさし示して云ったのと同じだった。
しかし、矢代はそういう場合に、その異端者である自分がいよいよ千鶴子と結婚するのだと思うと、差し向けられた刃より、むしろ、それに滅ぼされた自分の先祖たちが、自分の背後から立ち襲って来る呻きの方を強く感じた。腹背から受けたその差迫った険しいものの間で、矢代は、辛うじて呼吸をしている白白しい時間をつづけるばかりだった。
丁度そうしている胸苦しい時だった。谷を下って行く貨物列車の音がして、それが消え去った夜空の静けさの中を、宿の方から鈍く重い鼓の音が弾んで来た。鼓は暫くは何気なくただ、「ぽん、ぽん、――ぽぽぽんぽん」とつづいていただけだったが、そのうちに腹に溜った悪液を押し出す作用をして、一音ごとに首が延び上り、軽くなる腹部とともに鼓の音も冴えて来た。
前から矢代は楽器の中で鼓が特に好きだった。そのせいもあってこの音をきいている間、彼はどんなことも忘れて聴き惚れる癖があったが、折よく丁度こんなに聞えて来たその偶然が、何ものの仕業か矢代には嬉しかった。
暫く鼓は打ちつづいて絶えなかった。遠い闇を貫いて腹を響かして来るその音はおそらく古代の遠くから伝わり流れて来て、まだそのまま途絶えぬ唯一の楽器の音にちがいないものだと思った。
「ぽん、ぽん、――ぽぽぽんぽん。」
矢代は奇妙に気持ちが明るくなるのを感じた。たしかに今の矢代にとってそれは救いの音のような啓示のある打音だった。彼は戸を開けて外へ出てみたくなって靴を穿いた。
雪の峰峰に抉られた空の底で月が鳴り出しそうに光っていた。矢代はふとチロルの山の上で、氷河に対い祈りを上げていた千鶴子のことを思い出した。あのときの千鶴子の祈りはああ、そうか、――矢代は白装束で跪いていたあのときの千鶴子の覚悟を今初めて感じたように思った。あのゲッセマネのキリストの祈りも知らず、自分は西洋を旅していたのだろうか。
しかし、なお鼓の音は雪の中を響いて来て止まなかった。雪よりも氷の中の祈りを見よ、というように、――
「ぽん、ぽん、――ぽぽぽんぽん。」
とつづく打音は、矢代にある勇気を起させて澄み透って来た。それは積み重
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