手のつけようもない異様な気味悪さで乗しかかって来るのだった。
 勿論、手紙の終りには、そういうことを勇気を出して正直に書いた自分に対して、気持ちを悪くしてくれぬようにとあったが、それでも矢代は身の沈む思いで寂しかった。これほど希いをかけて自分の愛して来たものが、こんな祈りを毎日していたのであろうか、またそのために身の慎しみを今まで千鶴子が支えつづけて来られたのだと思ってみても、矢代は苦しくなり、そぞろに怖れを感じた。しかし、もう彼はどうしようもなかった。
 その日は一日矢代は本が読めなくなった。夕暮になってから彼はランプのホヤを磨きにがかった。油煙で黒く煤けている部分に布を通し、呼吸をガラスにふきかけては拭くのだがその間も、曇りの消えて透明になってゆくホヤに窓際の雪が映って来ると、また彼は千鶴子の誓詞の言葉を思い出した。
「異端者。」
 何んとなく矢代はこう呟いて自分を省るのだった。それは「不徳漢」という一種の刻印を、誰からか無理に額に打ち込められたことと同じだった。今までにもこんな言葉はたびたび見た。しかし、今のように直接自分に向けて云われたことはまだなかった。彼は初めて異端者と呼ばれた無気味さが、胸に擬せられた刃となって消えなかった。彼はその光った尖を見詰めて脱さず、絶えず何ものかに立ち対う気持ちがつづいて夜になった。が、もし千鶴子と結婚すれば、いつもこんな刃と対う日日になるのだろうか。しかも、それが自分の先祖の城を滅ぼしたものだとは――。
 夜が深まって来ても矢代には笑うに笑えぬ重苦しさがつづいた。月の鋭く冴えた谷底の方で雪の崩れ落ちる音がしていた。矢代はストーブに薪を投げ込み、部屋をいつもより暖くして湯気を立て、陽気に気持ちを引立ててみることに努めてもみた。しかし、安土、桃山から五十年の間日本の多くの優れた頭を悩ませたその刃であった。また、明治から今まで七十年の間、同様に優れた人人の胸に突きつけられ、今もなおどちらを向こうとも面前に立ち顕れ、「不徳漢」と狙って来る精神の白刃であった。
 それも日本人のみならず、世界のどこの国の人間も、一度はそのような目に会わされ、また以後生れて来るどんなものも、おそらくこれからは避け得られそうにもない刃だった。
「異端者か。なるほど――」と矢代はまた呟いた。
 実際、この一ことの言葉を云われたために、どれだけ多くの人人がこれ
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