治学という学問は、みな誰もプラトンへ還るべきものだと思っている風な様子らしいが、僕はあの論理主義みたいな神秘主義を間違えると、きっと今に大変なことになってゆくと思っているね。世界中が美意識の大乱闘をおっ始めるよ。僕はパリにいたときから、中田教授の説には必ずしも賛成しなかったんだが、いまにあの人、帰って来れば必ず変ると思う。君子は必ず豹変するからね。つまり、変るということがなかなか味のある深い論理というものの美しさだということを、君子なら知っているよ。」
 こういうときにも、矢代はどこかに自分の笑いを狂わそうとする狡さを感じて苦しかった。
「しかし、ああ真面目な人だとね。」
 と塩野はあくまで友人の苦痛を念う心配げな表情で考え込んだ。
「けれども君、僕らはギリシアへ還る運命を持っちゃいないよ。みな世界の学者たちが、そういうギリシアへ還る夢を抱いて勉強をつづけているのも結構だが、もっと他に持ちたい深い夢が、いくらでもありそうなものだと思うがね。」
 矢代は自分の笑顔に射し込んで来た狂いを幾らかでも戻したく、そんなに云った。
 話したって無駄なことだとは瞭かに分りながらも、やはり彼は、自分の感じた放射能のような千鶴子との結婚の夢の素質を信じたかった。
「しかし、カメラには夢はないからな。そこが僕らの一番困るところかもしれん。これから一つ夢を持ったり撮ったりする工夫をやるかな。」
 ひやかすつもりはなく塩野は塩野で、何か専門のカメラに関する特殊な技術をまた別に思うらしい様子で暫く黙った。少しも二人の話が触れ合うところがなくとも、互に知らぬ部分でそれぞれ触れ動いているもののあったのを矢代は感じ、事実とはこのような恐るべきものかもしれないと思ったり、さらにまた過ぎた夜のあの夢の実相を、これがこの世の美の極りの消えるところかとも思ったりするのだった。
「あなたはカメラが専門だから、夢なんか捨てて、もっとこちらの美しいところを写真に撮ってほしいな。夢なら、僕が代りに幾らでも見とくですよ。」
 と矢代は云って笑った。このときはもう、偽りもなく塩野を見て笑うことが出来たので彼も愉しかった。
 二人は塩野の全快祝いをかねた夕食を摂りに外に出た。千鶴子を見舞いに行こうかという話も出たが、入院しているならとにかく、まだ自宅にいるからは却って邪魔するだけだと相談して、それもとり熄めた。
 停留
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