うものか、死んだ父が漢学者なものだから、せめてお前だけは俺の知らぬものをやってみよと、そんなに云ってるように思えてね、それで僕はこんなカメラとフランス語とをやってるんだと思ってるんだが。」
「そこまで知っていてやる人なら、まア僕らのすること少しは赦されるんだと思うんだ。しかしたいていはそうじゃないよ。僕はやはりそれが心配だ。巴里祭の日に君が殴られたのなんて、あれは君、それを知ったものと、知らぬものとの間に君は挟まれて、両方から殴られたのさ。そして、シャッタを切ったのが、つまりこれだ。」
と矢代はそう云いつつ写真の中からサンゼリゼの激動の場をめくりあて、塩野に差し出した。
「君は知らないだろうが、このときの君の顔を、ちゃんと僕は君の親父さんに代って見てるんだよ。無我夢中で君は飛び上っていたよ。真ッ青になって、横っちょになって、――あ奴、やりよるなアと思って僕は見てたものだ。おやじだよ僕は。」
塩野は「ふふッ」と笑みを洩してまた暫く写真を眺め直した。
「思い出すなア。このとき中田教授は僕の傍で、日本がこうなられちゃ、これやたまらんと呻いたが、どうしているかなアあの人。」
中田という政治学の大学教授はよくパリで矢代にも、論理の大切さを何より主張してやまなかった合理主義者だった。塩野はこの教授の説の正否などはどうでも良く、自分の扱い馴れた愛機のカメラの眼といつか心も近くなっているのであろう、ただ教授の人格に感服していた。矢代も中田の云うことよりも人間の方が好きだったが、いまもし会って、自分がひそかに先日以来感じている不合理な千鶴子との夢の結婚を中田に話したら、必ず自分を蛮人だと思ってしまうにちがいあるまいと矢代は思った。またそれは中田のみとは限らず、おそらく誰でも愚の骨頂として矢代を笑い捨てることだった。今も彼はそれを思うと、塩野にそっと自分のその結婚の愉しさを洩らしたところを想像してみて、彼の愕きあきれる顔が泛び突然おかしくなって笑った。
「ほんとに中田さん、今ごろは苦しんでいるよ。真面目な人だったからなア。」
不意に笑った矢代の声を中田の狼狽した呻きの追想のためだと、そう都合よく解してくれて云う塩野に、また矢代は合槌を打ってゆかねばならなかった。しかし、一方、彼はこの夢の真相だけは絶対に人に云ってはならぬと、なお笑いつづけながらも、深く思っていくのだった。
「政
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