たままだったが、外から見える彼の顔は、何んとなく千鶴子の兄にかけているらしい、打ち解けた笑顔をしていた。
矢代は一度ちらりと中の塩野を見ただけで、出て来る電話の主が気がかりなだけに、今は話の内容に気をつけるのがいやだった。彼はそこに手ごろに見付かった近くの煙草屋へ入り、余分の煙草を買った。パリで千鶴子と別れる際、帰ればすぐ会おうとあれほど約束しておいたに拘らず、一ヵ月以上にもなり、それも塩野に間に立たれて初めて会おうとする虫の好さを思うと、向うにしても、彼の電話のままにはやすやす出かけて来ることもあるまいとも思われた。それに、千鶴子もこちらの考えたほどのことは考えた上に、なお婦人として心得るべき特別の事情も、種種考え直して苦しんでいることなど、およそ定っていることであった。
「つまり、そこだ。自分の会いそびれていたのは。」
と、矢代は煙草屋を出て来るとき口から思わず出かかった。しかし、また向うにしても、こちらの考えを潜って、思いを巡らせていてくれたものなら、悪気があって強いて会わぬわけではない事情など、虫好くして考えれば、分ってくれそうなものだとも思われる。しかし、それにしても、矢代に不思議なことは、会いたいとか見たいとか、一途に思っていたことに変りのなかった自分を、それをせき留めているものの事実あるのは、たしかに自分一人の胸には分らぬ何事かだと思った。そんな自分の所存ではない、二人の間にのみ潜んでいる何事かは、恐らく二人が会ってもまだ分らないものにちがいない。そして、それもみな、異国で出会った男女の間にばかり起り得ることであってみれば、今は運を天に任せて出て行く以外に法もない。
そうは思いながらも、矢代はなおボックスに恐れを感じ遠く離れたまま立っていた。枯草の中にぽつりと尖がっている、無愛想な灯台形の白い小箱が、運命を判じるアンテナのように底気味悪く見え、その声を運んで来るものまでが、ただの科学的なことではすまされぬ、神秘な光りのように見えるのだった。そこへ箱の中から出て来た塩野の、パリで作ったらしい身についたダブルの洋服が、周囲の風物とかけ離れひどく頓狂に見えるにこにこした姿で矢代の方へ歩いて来た。
「千鶴子さん、来るそうですよ。どうもしかし、初めは妙なことを云いましてね。あたしが行っちゃ矢代さんに御迷惑じゃないかしらって、そんなことを云うんですよ。あれも
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