うから、思い余ったように吐息をついて云う妹の声に、矢代は、なるほど幸子はまだ病人だったのだと気がついた。そして、ふとこれで妹は自分を心配させないために健康を装っているのかもしれないと思うと、自分と一緒に自由に異国を渡って歩いていた千鶴子の健康な様子と思い合せ、突然妹が気の毒になるのだった。殊にチロルの山の上で泊った夜、
「こんなにあたし幸福でいいのかしら、こんなこと、いつまでも続くものかしら。」
と、蒼ざめた眼に恐怖を泛べて呟いたときの、あの千鶴子の吐息を矢代は思い出した。しかしそれは、今の幸子の息に籠った深い歎息に較べ何んという違いであろうと、今さら妹に同情した。寝台の傍の白薔薇に射している秋の日が、長く忘れていたものの幽かな息づきに見え一層矢代の胸を締めて来た。
「そのうち、どこへでも行けるようになるさ。ものというものは、心得さえ良ければ良いようになるものだよ。」
「それがあたしには出来ないのよ。」
鏡から離れて幸子はショールのまま、土産物のハンドバッグを持ち財布の厚い金具をぴちりと立てて、兄の前を様子振りつつしなしなと壁の傍まで歩いてみた。そして、
「どう、いいでしょう。」と振り返って笑った、矢代もつい一緒になって笑ってしまった。
矢代の手もとへ久慈から手紙が来たのは、東北から帰って間もなくであった。矢代は、やはり彼から来る手紙を待っていたので喜んだ。手紙によると、久慈はスペイン行きの途中、反乱勃発のため引き返してスイスからイタリアへ行き、再びパリへ戻って来たばかりらしかった。またその手紙では、塩野がもう日本へ出発し、東野がイギリスへ渡った後で、パリには早や彼の知人少く、マロニエの枯葉日毎に音立てて散る秋を迎え、淋しさ静けさ加わるばかりと書いてあって、その最後のところに、
「噂に聞くと、君もどうやら生還したようだが、僕はいよいよ怪しくなった。羨望すべき君子よ。」
と、そんな皮肉なことまで忘れずあった。この皮肉な短文には、久慈の苦心の意味が籠っていたので矢代は苦笑しつつも、すぐ返事を彼に書き、パリで絶えず論争しつづけた二人の争いを、また東京の自宅から彼に向けたくなるのだった。実際、矢代は、久慈にだけは他人には云いかねることまで書けるので、その点だけでも彼の人徳に感謝して争った。
「ミイラ捕りミイラとなりし談もあり、――君がそんなになって帰るのを待つ自
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