、今までにありましたかね。」
「いや、こんなことは明治以来初めてですな。今までにも大事件は幾つもあったけれど、考えの範囲が狭かったから物事をするのにも熱情がありましたよ。しかし、このごろのは何が何んだか分らない。どうして良いのか見当がつかぬのですよ。明治以来駈け足をしすぎて、心臓が飛び出たのだ。」
沖の云い方に一同どっと笑ったものの、それぞれ胸倉をひっ掴まれたように急に黙ると沈み込んで羊を切った。
「そうすると、僕たち外国にいるものは、いよいよこれは捨小舟というところかな。」
と久慈は先夜東野に云われたことをまた思い出すのだった。
「いや、もうどこの国の考え方も世界に分ってしまったのさ。意志を隠そうたって隠せなくなって、外からまる見えになって来たのだよ。どこの国からも左翼が出て、自分の国の秘密をさらけ出してしまったものだから、よしッそんならというので、いちかばちかでどこの国も暴れ出して来たのだ。」
と矢代は云った。
「そうそう、その通り、どこの国も中に隠れていた心臓が飛び出てしもうて、押し込みようがないのだ。そんならもうこれ、心臓の強さで押すより法がない。そっと隠しておけば良いものを洗い立ててしもうたから、もう穏便に隠しておく必要がなくなって、大っぴらで一層やり良うなって来た。わたしもこれで資本家ですから、その点良う分る。わたしは不良ですが、不良でもこ奴不良だと知って貰う方が、もう暢気で、ええ。」
来るときの船中でも沖はしきりに、「わたしは不良で、」としばしば謙遜に説明したことがあった。不良を笠に仕事をする心の計画は不快だったが、隠していられるよりまだしも沖の態度に久慈は好意を感じ、食事の味も邪魔にはならなかった。殊に同船で来た客は悪者であろうと何んであろうと兄弟のように見え、内地の批判など役には立たぬ旅愁に誰も襲われていた。いや、むしろ、悪者ほど偉大に見える何ものか間違ったものさえ人は心の中に育て始めていると云って良い。
久慈はそのような心の自分の変化を今も感じたが、自分も沖のように六十を過ぎてこんな所へ来れば、洒洒として臆面なくあんなに振舞うようになるかも知れぬと、他人事とは思えず、傍の真紀子の身体の危さを度を増し感じるのだった。
「不良は伝染るなア。」
久慈は意外な発見をしたように矢代の顔を見た。そして、彼はどのような方法で自分を制御しているものか
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